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インドの樹で染めたタッサーシルク(インド山繭)のショール、そしてその布にベンガルの婦人達のカンタ刺繍(ベンガルの刺し子)を施したショール、工房で織って仕上げたオリジナルの布と服です。 このインドの樹染めは、沙羅双樹、パラミツ、菩提樹、アンマロク・・等々、抹香臭い名前の植物ですが、どれもベンガルで当たりまえにある身近な樹です。

モスリン
イラクの都市モスールで織られた、またはそこに集積され、輸出された平織の綿布を、イギリスでモスリンと呼んでいたということです。ひじょうに繊細で滑らかな肌触りのその平織の布は、王侯貴族の間でもてはやされ、マリ―アントワネットのペチコートにも使われていました。
インドでは、ダッカ(今日のバングラデシュ首都)周辺の都市や、ムルシダバード県(インド西ベンガル州)周辺で織られていた超極薄の綿布をモスリンと呼び、土地ごとにその繊細さを誇るさまざまな名前のモスリンが織られていました。マルマルカーシュという名のモスリンなどは、一 枚のサリーを指輪に楽に通す事ができるほどの薄さだったということです。18世紀半ばから19世紀初頭の産業革命以降、英国産の機械織の綿布に押され、大変な手間と技術を要する手織りのモスリンの生産は長らく途絶えていましたが、近年細々ながら生産が再現されるようになりました。王侯貴族たちが求めたあの軽やかな着心地を味わうことができるよう、私たちも努力しています。(写真:モスリン200カウント羽織もの アップリケカンタ)
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アナンダ工房オリジナル作品綿地にカンタ手刺繍
「アナンダ工房さんどこまで行くの‥‥‥」 私たちの工房の作品を見たお客様に、この言葉を言われた時はショックでした。でも今のうちだからこそできる仕事があるのです。 インドの村の誰もがスマホを持つ今、カンタ刺繍のような、多くの時を費やし手仕事に喜びを見出す人は少なくなりました。 でも、より手のこんだものを作りたいと思う人もまだ、健在です。作り手が楽しんでこそ、身に付ける人が楽しめると信じつつ。由利子

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房総の工房にて手織りタッサーシルクの和墨染めショール
大好きなインド西ベンガル州の山繭タッサーシルクを和墨で染めました。色が落ちなくなるまで、布を傷めないように優しく限界まで洗いました。するとタッサーの個体により墨の染み込み方が違い、意図もせず、美しい天然の縞が現れました。

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インド アナンダ工房の職人さん紹介ポラーシュくん
綿を紡いでいるスタッフのポラーシュ君。工房では、糸紡ぎをして素朴な布をつくっています。右写真はポラーシュくんの手紡ぎ糸で織ったアナンダ工房オリジナルの羽織りもの。

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インド アナンダ工房の職人さん紹介織師プンノさん
織師プンノさんとの付き合いはもう19年。今回も一緒に手機で新作のタッサーシルクスカーフを制作しました。銀鼠のタッサーにムガシルク、紬の経を入れた複雑で、華やかなスカーフが織れました。軽やかな手織りのジャケット、ワンピース、ブラウスと、この冬制作した黒くて華やかな作品を春一番に展示します。どうぞご覧ください。
プンノ織り
華やかな黒
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インド アナンダ工房の職人さん紹介刺繍職人ムリンモイさん
彼は細かい仕上げの達人。彼がいるからこそアナンダ工房の仕立ての良さが自慢できます。丁寧に時間を掛けて手まつり、ボタンホール、刺繍の仕上げのほか、村の女性たちに刺繍の指導をしています。
刺繍職人ムリンモイさん
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インド アナンダ工房の様子藍・阿仙薬ノ木染めジャケット
タッサーシルクの糸を染め、服のデザインに合わせて織りました。
阿仙薬ノ木染めジャケット
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インド アナンダ工房の様子2012年の茜染め
今年の、茜染めは大成功。二日かけてとても美しい色に染まりました。
茜染め
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インド アナンダ工房の職人さん紹介縫製職人ショスティさん
ショスティさんは布の魔術師。日本人も顔負けの几帳面な縫製職人で、私たちが織りあげたどんな布でもカッチリ、キチンと仕上げてくれます。それもそのはず、彼は伝統織師の家で育ち、幼い頃からモスリン、ジャムダニ、カーディーなどの布に囲まれて育ち、手織布の性質を熟知しているのです。彼は、私たちがデザインした服を相談しながらひとつひとつ丁寧に作っています。それらの服は、彼のヒューマニティが伝わるぬくもりある作品になっています。
縫製職人ショスティさん
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アナンダ工房オリジナルジャケットのボタンについて
アナンダ工房のジャケットのボタンはみなオリジナルの手彫りです。服に合ったボタンをビポットさんが一つずつ作っています。ボタンホールは解け難い手かがり、ボタン付けもぐるぐる巻きにせずループにしてしっかりとかがり付けています。
ボタンつけ
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アナンダ工房神田須田町店正面の銅の装飾について
神田須田町店の入り口を飾る手打ちの銅の装飾を作っているインド西ベンガルの銅工Haru Korrmokal さん。
銅細工
銅細工
銅細工
2012年3月、神田須田町にアナンダ工房の2号店がオープン。近くには、神田藪蕎麦、アンコウ料理の伊勢源、鳥すきのぼたん、甘味処のたけ村など、食通の間で知られた老舗があり、神田老舗街と呼ばれる地域の中です。
建物は関東大震災後、東京再生の時期、昭和3年建造の銅張りの看板建築です。当時、類焼を防ぐ意味で東京周辺の繁華街で流行った建築方法で、パレットと呼ばれる看板が正面上部に付いています。内部に使われている梁も太く、まだまだ健在です。友人の腕の良い大工の棟梁、石原さんと一緒に、時間をかけて改装しました。
外装は、元々の銅張りを生かして銅で装飾を加えました。対のライオン、ミナール、チャックラ、花びらなどは、私達がデザインして、インド西ベンガルの知り合いの銅工、Haru Korrmokal さんに打ち出してもらいました。東京のオアシス的な場所になればと、願っています。どうぞお出かけください。
神田ショップ
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アナンダ工房オリジナルプンノ織
プンノさんは、私達のインドの工房で布を織ってくれる織師です。織師の家に生まれ、技術、丁寧さは神業。彼との付き合いは、かれこれ15年、彼が青年の頃からです。初めてその仕事を見た時、真剣な取り組みように心打たれ、私達も彼の腕に見合った仕事をしなければという責任感の様なものを感じました。直樹が藍や茜で染めた糸を、彼といっしょに整経し横糸を決めて行きます。こうして出来上がった布は日本にもインドにもない独特な「アナンダ工房のオリジナル織」になっています。
プンノ織
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墨染め
和墨を濃くといて何度かムラなく染めます。染めるのはさほど難しくはないのですが、洗うのが大変なのです。布を傷めないように思いやりながら、もうこれ以上落ちないというところまで、根気良く洗います。しかし何度も何度も繰り返し洗っても色落ちが止まらず、あきらめようかと思い、嫌になってしまう頃、不思議にピタッと色落ちが止まる時が来るのです。干して仕上げると墨染のタッサーシルクは、布そのものの美しさを保ちながら、控え目な鈍色(にびいろ)に輝きます。これが染めの三昧なのでしょうか。
墨染め
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強撚手紡ぎ糸 オリッサの村強撚り糸を探して
2010年の制作は、オリッサから始まりました。今年の魅力的な素材を織るために、以前少しだけ手に入れたタッサーの荒い外側部分を強く捻った糸を求めてオリッサに来ました。 しかし、これが寒くてきつい旅でになりました。インドの冬を甘く見ていたのかもしれません。暖房器具の整っていないインドの冬は、服で加減するか、我慢するしかなく、二等寝台と乗り合いバスの二晩夜行の旅は前もって知っていれば行かなかったかもしれません。それでもこの粗野な糸の魅力には、たとえ困難を知っていても決行させてしまう力がありました。主人は二日続きの厳寒の夜の旅に体調をくずし、着いた村の日向でとうとう寝込んでしまいました。村の人々が暖かく、優しかったのは何より嬉しかったです。その後近くの安宿で休養をとり、今度は昼の列車でコルカタに帰ってきました。
強撚手紡ぎ糸
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藍の生葉染め 藍の生葉染め
昨年の春に芽出しをしたリュウキュウ藍はこの冬背丈より大きく育ちました。花が咲き種もつけています。葉が余りバサバサとするので刈リ払い、その葉っぱで3枚のタッサースカーフを染めてみました。オリジナル織りのタッサーシルクスカーフが、とても品のあるターコイズブルーに染まりました。
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えんじ綿 えんじ綿(臙脂綿)写真:得應軒所蔵(非売品)
昔から日本に運ばれていたラックカイガラムシの染料
この日の丸のように見える赤い物は、昔画材屋や染料屋で売られていたえんじ綿です。江戸時代に、南蛮船がインドまたは東南アジアから運んできたもので、戦前まで普通に流通していたようです。日本画のえんじ色を描くには重要な天然の染料でした。また、加賀友禅の挿し色にはなくてはならない色でした。小さくちぎって絵皿に入れ、水またはぬるま湯を加えると色が出てきます。画用には、膠等のメディウムはいらず、加える場合でもほんの微量で十分です。濃く出して臙脂色。薄く出して青味のあるピンク。染めの場合は、布をあまりよく洗うと色落ちしますが、絵の場合は、18世紀のインド細密画を見る限り変色もなく安定していると思います。日本にはないこの独特なラックカイガラムシのえんじ色は、どんな他の色にも代えがたい魅力的で、貴重な色だったことでしょう。
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手織り綿ブラウス 染・織の面白さ
いろいろな植物で染めるのは楽しい。古くから使われるキアイやインドアカネはもちろん、池に浮かぶ蓮やガガブタなどの水草でも良い色が染まる。また染めた糸を経と緯に織り重ねる時も、少量の試し織りと長い反物とでは表情が違い、出来上がるまで、いつもわくわくはらはらさせられる。(文=直樹)*写真- オリジナル手織りブラウス キアイ、インドアカネ、蓮 先染め
*左写真をクリックして、ぜひ大きな画像でご覧下さい。
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ベンガルのカンタ ベンガルのカンタ2(刺し子)

カンタはもともとインドベンガル地方の家庭の女性の中で、日常の楽しみ、豊かさとして培われ、大切にされたものです。それは、まるで糸と針という簡単な道具で描く女性たちの芸術のようにで、色もモチーフも多彩、自由でおおらかです。日常のいろいろな規制があっても、あるいはそれがあればあるほど布の上で女性たちは自由に楽しみます。女性たちが、いかにその中で活きいきと集中するか、その楽しみが見るものにも伝わるのです。
多くの時間を費やした後できあがったこの布は、丈夫で何年も愛用され、修復されながらもボロボロになるまで使い果たされます。優れたものが現在にあまり残されていないのもそれゆえのように思われます。刺繍に使われる糸は、本来サリーのボーダーにある色糸を抜いて刺繍糸にしていましたが、今ではどんな奥地の田舎でも色とりどりの刺繍糸が塩やスパイスと共に雑貨屋で売られています。

*左写真をクリックして、ぜひ大きな画像でご覧下さい。
*カンタについて以前書いたものはこちら
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インド茜 インドアカネ(アカネ科 Rubia cordifolia L., Rubia manjista.)
茜染料は、インダス文明、紀元前二千年の頃にはすでに糸を染める染料として用いられていたと言われています。茜染めの染方法は西北部インド周辺では古代から伝承され、その色は繊維がなくなるまで変わらないと言われるほど技術が高かったようです。この地方で用いられていた茜は主に二種類あると思われ、ヒマラヤ山麓の丘陵地帯、チョタナーグプルやスリランカの山岳地に自生する四葉のインドアカネ、またアフガニスタン、イランで採れる六葉のセイウヨウアカネが両方使われていたのではないかと思われます。
インドアカネは、根は太いひげ状をしていて、現在でも薬用として売られています。アナンダ工房は、この乾燥したインドアカネを用いています。染めるたびに色合いが異なりますが、毎回より美しい色が染まるよう苦心しています。美しい色を見ることはこの上なく幸せです。
図=直樹 文=由利子
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アカネ染め(インドの工房より更新)
インドの工房でインド茜を染めています。どんな色が出るかドキドキ。染めている途中で、真っ赤なトンボが木の枝に止まって、応援してくれました。まずは強撚糸のスカーフと、ブラウス用の布地を染めてみました。水の具合、布地との相性、まだまだ改良の余地ありですが、毎回改良を重ねて、もっともっとよい色が染まるように頑張っています。今回の色は、黄色味が多いですが、秋らしいオレンジでしっかりと濃い色が染まりました。
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タッサーシルクと極細綿の強撚糸〈マリモのように丸まる強撚糸〉
150番手の手紡ぎ綿糸を紡ぐ際に、極端に糸をかせから外すと、縮んでマリモのように強くねじりをかけて紡いでもらいました。 一本どり,または二本どりにして捻りをかけた丸くなります。その糸をタッサーを経糸として平織りにし、水通しすると、とても面白いしわの布が出来上がりました。
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蓮染(インドの工房)
インドの工房の向かいには、カマバアカシヤに囲まれた静寂な池があり、そこには蓮が生い茂っています。冬にはカモやカワセミがやって来ます。工房ではこの池を借りて稚魚を放ち、蓮を大切にしています。以前はグウシを紡ぐことも可能でしたが、この頃は、なかなか紡いでもらえなくなりました。数年前から春から秋に、この葉で蓮染をしています。タッサーや綿糸が、深みのある黄色から緑に染まります。春、秋、晩秋とそれぞれ発色が違うのも面白いです。堅牢でとても上品な色味に染まります。もちろん夏には蓮の花が池いっぱいに咲きこれを見るのがいちばん楽しみです。
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アセンヤクノキ 阿仙薬の樹(Acacia catechu WILLD, Gambir カテキュー、ペグノキ)
インド、タイ、ビルマの乾燥した山岳地帯に生えるマメ科の落葉中高木。6月から次の年の1月の間に伐採した心材や枝を細かいチップ状にする。これを土製の壷で水煮し濃縮してこのエキスを木製バットで冷却し乾燥する。これをキューブ状の塊に割り、流通する。心材からは、10%以上の水性エキスが取れるという。
漢方薬としては、止血、消炎、整腸の薬効として重要で、古くから我々がお世話になっている正露丸の原料に使われているそうだ。また口腔の清涼剤としての効果もあって、仁丹にも入っているそうだ。インドでは、食後の嗜好品であるパーン(キンマ)には必ず入れる。パーンの葉に石灰を塗り、ビンロウジ(檳榔子)とこのアセンヤクノキ(Khair, Katha)の樹脂を少量入れ、これに好みでスパイスやミント、氷砂糖のかけらなどを加える。噛みながら口の中はアセンヤクノキと石灰が反応して真っ赤になる。パーンを噛と、何故かすっきりする。唾液を出してしまい、過食を防ぐということと、食べた食物の消化促進の効果があると言われている。
染をする人は、カテキューの名の方が馴染みがあると思う。タンニンを多く含んでいて、明礬媒染で赤茶。鉄で焦げ茶色が染まる。しっかり染まり、堅牢性がある。民間では、皮や、船の帆、魚網を強く保つ為に染めに用いられるている。腐敗防止の効果があると言われる。アセンヤクノキで染めた布は、植物の持つ優しいぬくもりと強さがあり、時と共に着手になじんだ味わいが出てくるのが不思議だ。
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モスリン300カウント前開きピンタックボレロ
250カウントの極細糸で布を織る職人さえ少ない今日、300カウントの手紡ぎの超極細綿布は希少です。暑い国インドならではの伝統的な極上の手紡手織り綿は、この上なく涼しく滑らかで、他に比べようがありません。
*左の写真をクリックすると大きな画像が開きます。「モスリン」についての詳しくは、このページ下にあります。ぜひご覧下さい。
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サンタルポト(サンタル絵巻-インドベンガル地方)
この無垢であどけなく、原初の生命感にあふれた生きものたちの図は、サンタル・ポテゥアと呼ばれる不思議な絵師たちによって描かれたものです。彼らは、インドの西ベンガル州からジャールカンド州にかけて広がる沙羅双樹の森の近くに住んでいます。自分たちはベンガル語を母語としながら、同地方に住むサンタル部族民の言葉を上手に話し、サンタル人の神話を絵巻物にして絵解きをして歩くのを代々の生業としています。森の住民である彼らが描く身近な同居人の動物や鳥たちは、みな尊厳に満ち、愛らしく、描かれます。この絵をみていると、彼らの住む森(ジャングル)に引き込まれてしまいます。
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サンヘンプ(Sann Hemp マメ科)
サンヘンプは、インド-アジア南部原産の一年草で、高さは人の背丈くらい。葉は三枚の小葉からなる複葉で、枝分かれが少ない茎を真っすぐに立て、秋に茎や枝の頂に美しい黄色の蝶形花を総状花序に付けます。日本では、土に酸素を取り込む緑肥作用の植物として知られています。茎からは丈夫な繊維が取れ、インドの村では、ヤギや牛など、家畜をつなぐロープを作ったりします。サンヘンプで作ったりロープはつながれた家畜の首を傷つけることがないので、ほかの繊維で作ったロープより重宝がられています。ベンガル人の友人のアニスルさんの仲間が布に織ってみました。亜麻とジュートの中間のような手触りで、涼しげなパンツ、シャツ、ジャケットができました。
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カーディーのブラウス (カーディー, Khadi, khaddar 手紡手織綿布)
ヒンディー語で手紡ぎ手織りの綿布をカ-ディ-と呼んでいる。もともと綿の生産地であったインドは、英国の支配下、綿を栽培する農民でさえ英国産の機械織綿布を着用するに至った。だが1909年ころ、インドの自治と農村手工芸の発展を推奨したガンディーは、英国に対抗して自国産の手紡ぎ手織り綿布を着用することを呼びかけた。そんなわけでカーディーはインド独立の象徴の布となったが、実際に手で紡がれ織られた布たちは、母の懐のようにやわらかく、暑い夏に涼しい。近年あらためてその素材感と着心地の良さが見直されている。(写真は千葉の工房にて)
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ラックカイガラムシ染め
ラックは、サンスクリット語で10万と言う意味で、数え切れないほどたくさんと言うところから呼ばれたようだ。ラックカイガラムシは、ハナモツヤクノキ、イヌナツメやビルマネムなどの樹の枝先に包むようにびっしりくっつき、樹脂を吸い取る。インド、ラダック、中国南部、東南アジアで採れる。インドでは古代から布の染色、画用染料、塗料、装身具(腕輪)、封印用の樹脂として採取されていた。
染色では、濃く染めれば臙脂色、淡ければ青みがかったったピンク、桜色に染まる。南米のカイガラムシ、コチニ−ルには青味がなくスカーレット色をしているので、この二種類のカイガラムシの色合いは確かに違う。画用としては、油彩絵の具のレーキー(Lack Lake ラックレーキー)は、この色を素にしていた。インドでは細密画(ミニアチュール)に良く使われ、伝統の画家たちはクリムダナと呼んでいた。石灰下地の上に濃く塗って紫がかった赤、薄く塗ってやはり青みのピンク色になる。ラックカイガラムシを煮出して染料を抽出した後に残る樹脂がシェラック(Shellac)で、塗料になる。これを何度も塗り重ねて高級家具や英国王室の馬車が艶やかな臙脂色に仕上げられた。
江戸時代、日本には友禅などの染用及び画用として、主に中国から輸入されていたようだ。円形の綿に染ませて乾燥させた臙脂綿が、東京根津の日本画材屋さん、得応軒に今も残されている。数年前に大江戸博物館で催された円山応挙の展覧会では、画箱が展示されていた。応挙が日常的にに使っていた岩絵の具、泥絵の具の中に、確かに臙脂綿があった。臙脂色とはまさにこの色を濃く染めた色のことを言うのではないだろうか。小学校のころ使っいた水彩絵の具のエンジ色はあまり好きではなかったが、このラックカイガラムシの臙脂色は心から美しいと思う。
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ラックカイガラムシ(Laccifer lacca【臙脂虫】ラック, Lack, 現地語=ラー、ラークシャー、ラッカ、クリムダナ)
ラックカイガラムシ ラックはハナモツヤクノキ、イヌナツメなどに寄生するカイガラムシが分泌する樹脂状の物質です。虫自らが身を守るために分泌したその硬い殻は赤い色素を含んでいて、煮出すと色素が溶け出て、後に琥珀色の樹脂シェラックが残ります。
かつてイギリス(東インド会社)に支配されていた東インドでは、このラックが大量に生産されていました。染料としてよりもむしろシェラック樹脂を採るために、ハナモツヤクノキの植林、ラックカイガラムシの繁殖、養殖、採集、集積、ラックの精製、シェラックの製品までがすべて現地で行われていました。
シェラックは、イギリスにとってかつては重要な交易品目の一つでした。大航海時代には大きな船の船舶の塗料として、またあのイギリス王室の威厳ある臙脂色の馬車や家具もこの塗料で塗られていました。またヨーロッパ伝統の封印wax sealにはスティック状のシェラックスティックが用いられていて、インドでは今でも郵便小包や書留などの封印に同様のsealing wax(ガラ)が使われています。

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ベンガルのカンタ(刺し子)
古くなったサリーや男性が腰に巻くドゥティを数枚合わせてちくちくと刺したものをベンガル語でカンタといいます。一昔まえまでは、どの家でも寝るときに敷くものや掛けるものはほとんどみなカンタでした。ふだん使うカンタは粗い目で刺されていて、模様もありませんが、客用や、娘が嫁ぎ先にもっていくようなカンタには布地全体がさざ波だつほど細かく刺されていてきれいな模様がほどこされています。こうした模様のあるカンタをノクシ・カンタ(飾りカンタ)と呼んでいます。また新しく生まれてきた赤ちゃんのために送られるカンタはシュシュニ・カンタと呼ばれ、赤ちゃんの幸福を願って夢のある愛らしい模様が施されています。このごろでは、インドの村の生活も忙しくなってきて、限りなく時間のかかるカンタを刺す女の人は少なくなってしまいました。アナンダ工房では、この伝統的なベンガルのカンタを私達が身近に楽しめる様アレンジしました。(カンタについてはこちらもご覧下さい
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オリッサ州ションボルプル(サンバルプル)の絣“コトキ”
オリッサ州の内陸の町サンバルプルを歩くと、絣のサリーをまとう女性の姿を良く見かける。特にコールと呼ばれる少数民族の姿は、粋である。艶やかな大柄もあれば、重厚で落ち着いた感じのものもある。サンバルプルの絣の独特な品の良さは、このコール族の美的センスが大きく影響しているのではないだろうか。庶民の生活の中に今直生きている、伝統染織の根深さを思い知らされる。インドの絣の歴史は古く、5〜6世紀頃に造られたであろうと言われているアジャンタ石窟の壁画の中には、絣ではないかと思われる腰巻を見ることができる。現在インドの絣で有名な産地は、グジャラート州のパタンとオリッサ州のサンバルプルがある。パタンの絣は絹の緻密な縦横がすりで、“パトラ”と呼ばれる。オリッサ州の絣は、主に木綿の横がすりで(縦横もある)、“コトキ”と呼ばれている。こちらは、大柄で大胆な庶民もの的な図柄から、緻密でデリケートな高級品まで様々だ。緻密なものは品が良く、インドの綿サリーとしてはベンガルのジャムダニとならんで、最高級と言えるだろう。
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モスリン(極細手紡ぎ手織り綿)
モスリンは、日本では薄くて柔らかいウールとして知られ、メリンスとも呼ばれていました。しかし、辞書によれば、モスリンは−昔イラクのモスルで織られていたファインな木綿−と書かれていて、もともとは極細上質木綿をさしていたようです。インドでは、すでに仏が生きていた紀元前5世紀頃、この上なく細かく上質な木綿がカーシ(ベナレス)で生産されていたようです。15世紀末インド航路発見以降、インドのモスリンはキャリコとともに世界各地に運ばれ、絶賛されました。今日、150カウント以上の極細の手紡ぎ綿糸を密に手で織った布をモスリンと呼んでいますが、その織り技術は難しく、数少ない伝統職人によって細々と生産されています。その感触は機械織の薄い綿布とは確かに違って、この上なく緻密、滑らかで、まるでミルクのような感触です。( 綿モスリンブラウス各種¥14,500〜)
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タッサーシルク(インドヤママユ)
丸々と太ったタッサーのイモムシが、人の背丈よりちょっと高めに仕立てられたアルジュンの枝先にとまって、数枚の葉をたぐり寄せ、繭づくりに取りかかっていた。きれいな緑色をしたその巨大な幼虫は、イモムシが嫌いな私にも、可愛らしいく思われた。
タッサーシルクは、お蚕さんのように、運ばれた葉を食べて、家の中で大きくなるのではなく、青空の下で木の枝に放し飼いにされる。自由な空気が、満喫できる分、鳥などについばまれる危険性も大きく、人が棒を持って、鳥追いの番をしていなければならない。わがままな幼虫である。
繭をつくるのは冬と雨季の二回。その糸は、インドの強烈な紫外線から幼虫を守るUVカットの効果を持っており、また高温湿潤な雨季にもむれないよう通気性の良い多穴質の構造になっている。(文-西岡直樹)
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アッサムの黄金の繭 - ムガ
インドの山繭は主にタッサーが知られていますがそれよりはるかに生産が少なく、貴重なのがアッサム地方の繭“ムガ”です。
繭自体の色が黄金に輝き、張りがあるのが特徴です。幼虫が繭を作る季節、また食べる葉により糸の色も微妙に違います。それを織ることにより、まさに自然が織り成す気品と複雑さが出てくるのです。(ムガシルクスカーフ¥6,500〜¥25,000)
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グウシ(藕糸織り)
蓮の根、または茎を折ると蜘蛛の糸のような繊維がでてきます。風がふけば飛んでいってしまいそうなこのうえなく細い繊維も、たくさん束ねて乾かすと、意外と丈夫な繊維になって、織り上げることができます。この蓮の根や茎からとった微細な繊維の糸はグウシと呼ばれ、昔から珍重されて寺院の曼荼羅の掛け軸や僧侶の袈裟などに使われてきました。その歴史を、織り作家の山本治代さんに調べていただきました。アナンダ工房はこの藕糸をインドで作りました。職人一人が1日に数十センチしか紡げず、まさに祈るような気持ちと手間をかけて、しなやかなショールに織り上げました。 素材の持つ風合いを大切にする為にあえて紡いだままの生成りにしました。糸の太さは職人の手の癖、そして色のむらは素材そのものの色合いで、どれ一つとして同じ物はできません。 独特の輝きと不思議な質感が特徴です。
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沙羅双樹染め
沙羅双樹で染めた黄金の衣 釈迦が涅槃の時、その下に身を横たえたという沙羅双樹は、インドではごく普通に見られる木で、サンスクリット語でシャ-ラ、ヒンディ-語でシャール、ベンガル語でシャルと呼ばれています。高さ20メートルを超す熱帯性の高木で、インドでは材を建築、家具に利用し、幹から採れる樹脂は、薫香として日々神前に焚かれています。日本の風土では育たないため、日本で沙羅双樹として植えられているのはたいていツバキ科のナツツバキで、この樹とは異なります。名のみ聞き知る本当の沙羅双樹で、タッサーシルクを染めてみると美しい黄金色に染めることができました。堅牢性にも優れた実用的な染色植物であるといえます。
沙羅双樹香
涅槃の時、釈迦がその下に身を横たえたという沙羅双樹は、インドではサンスクリット語でシャ-ラ、ヒンディ-語でシャール、ベンガル語でシャルと呼ばれるフタバガキ科の高木で、その幹から浸出する樹は焚くとよい匂いのする白煙を立ちのぼらせる。インドではそれをドゥニ―、(サルジャラサ)と称して祈りの儀式に用いる。それは古くに日本にも中国を通して白膠香の名で伝えられている。真の沙羅双樹は高さ20メートルを超す熱帯性の高木です。日本でシャラの別名で親しまれるナツツバキとは異なります。
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ガープ染め
インドのベンガル地方にも柿はありました。直径4〜5センチメートルの小さな柿で、全体がビロードのような茶色い毛でおおわれています。ベンガル地方では、ガーブと呼んでいました。子供たちが、熟れた実を食べたりしていましたが、渋くてあまり美味しいとはいえません。この柿には、ベンガルガキの和名があてられています。私たちの工房があるムルシダバードの古い城下町では、食べるよりは、渋い未熟の実から柿渋をつくって、魚網を丈夫にするために使われていましたが、今ではそれも、ナイロンの網の出現で、ほとんど使われなくなってしまいました。
 私たちは、そのガーブの未熟果の柿渋をつかって、布を染めてみました。早く乾いていくところに染料が寄って、面白い濃淡ができ、また、タッサー(インド山繭)などでは、布になんともいえない光沢と張りが出ました。
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